AIが進化しても、僕はエンジニアリングを続けたい

AIの進化に感じる物足りなさから、本質を理解する学び方とエンジニアリングの目的を見つめ直し、AIと一緒に作るこれからを考えます。

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淡いベージュの作業場で、若いエンジニアとロボットが協力して琥珀色のアーチ橋の模型を組み立てる黒ペン風イラスト

最近、AI界隈を追いかけていて、以前ほど面白さを感じなくなってきました。

新しいモデルやサービスは次々と登場していますし、技術の進化が鈍化しているわけではありません。むしろ、少し前なら驚いていたようなものが、当たり前のようにリリースされています。

それなのに、以前ほどの知的な興奮がありません。

なぜだろうと考えていたのですが、ひとつ思い当たることがあります。

最近、AIを触っていても、エンジニアリングしている感覚があまりないのです。

以前は、新しいAI技術が登場すると、それを動かすだけでも技術的な挑戦がありました。

APIを組み合わせたり、プロンプトを工夫したり、独自の仕組みを構築したり。思いどおりに動かないものを試行錯誤しながら動かすこと自体が面白かったのです。

でも最近は、完成度の高いプロダクトとして提供されることが増えました。

すると、やることは「使ってみる」「比較する」「設定する」になりがちです。

もちろん、それ自体にも価値はあります。

ただ、僕がやりたかったのは、それだけではなかったはずです。

エンジニアとして技術に向き合っていたつもりが、いつの間にか、ただのアプリの一ユーザーになっている。

技術を理解し、作り上げている感覚から、技術を消費している感覚へ。

この違いが、今の物足りなさの正体なのかもしれません。

しかも、AIの進化はあまりにも速いです。

せっかく工夫して作ったものが、次のモデルやプロダクトのアップデートで不要になることもあります。昨日まで技術的な挑戦だったものが、今日は標準機能になっています。

それは素晴らしい進化である一方、自分で問題を解決する余地が少しずつ減っていくようで、どこか寂しくもあります。

正直、今のAI界隈を追いかけていても、以前ほど面白くありません。

これは、エンジニアとしての率直な気持ちです。

技術を追いかけることから、本質を理解することへ

ただ、最近はこの感覚を、単純に悪いことだとは思わなくなってきました。

もしかすると、自分自身の学び方を変えるタイミングなのかもしれません。

以前は、新しい技術を知ること自体が大きな学びでした。

知らなかった概念に出会い、仕組みを理解し、実際に動かしてみる。それだけで十分に刺激がありました。

でも、ある程度知識が蓄積すると、新しい技術に触れても、既知の概念の組み合わせに見えてくることがあります。

これは、単に新鮮さを失ったというだけではなく、自分の中に技術を理解するための土台ができてきた結果でもあるのだと思います。

ただし、新鮮さがなくなったことと、学びがなくなったことは同じではありません。

例えば、MCPの使い方を理解することと、MCPでなぜその設計が採用されたのかを理解することは違います。

どんな課題を解決しようとしているのか。どのような制約があり、何を優先し、何を犠牲にしたのか。他の設計ではなぜダメだったのか。

そこまで理解して初めて、その知識を別の問題にも応用できるようになります。

さらに、その理解をもとに自分で別のシステムを設計できるなら、学びはもう一段深くなります。

これからは「新しいAIをいくつ触ったか」ではなく、「どれだけ再利用可能な設計原則を獲得できたか」を、自分の学びの指標にしたいと考えています。

そのためには、情報との付き合い方も変える必要があります。

新しいモデルやツールをすべて追いかけていたら、時間がいくらあっても足りません。情報収集や比較は、AIに任せて効率化してもいいはずです。

一方で、本質を理解する過程には、一見無駄に思える実験や遠回りも必要だと思います。

最初から効率や成果ばかりを求めていると、偶然の発見や、予想外の疑問に出会う機会まで失ってしまいます。

だから、効率化すべきなのは学びそのものではなく、学ぶ対象の選び方なのだと思います。

何でも追いかけるのではなく、本当に理解したいものを選び、そこに時間を使う。

そんな学び方に変えていきたいです。

AIが進化すると、人間のエンジニアリングはどうなるのか

もうひとつ、考えなければならないことがあります。

AIが成熟していく中で、人間がエンジニアリングに関わる余地は、どこに残るのでしょうか。

エンジニアリングは、問題を発見し、解決方法を考え、設計し、実装するという一連の活動です。

しかしAIは、すでにその多くを担い始めています。

今後さらに進化すれば、設計や実装だけでなく、問題の発見や課題設定までAIが得意になるかもしれません。

そう考えると、単純に「これからは課題設定が重要になる」とも言い切れません。

人間が担うエンジニアリングの領域は、移り変わるだけでなく、縮小していく可能性もあります。

では、人間は何をするのか。

ここで最初に考えたのは、AIに任せることと、自分でエンジニアリングすることの違いでした。

AIに実装を任せれば、より速く、より複雑なものを作れるようになります。

一方で、任せる範囲が広がるほど、自分で設計上の判断をしたり、問題を深く理解したりする機会が減ってしまうこともあります。

つまり、

  • 成果物を最大化するためのAI活用
  • 自分の理解や技術力を深めるためのAI活用

この2つの目的は、必ずしも一致しません。

だからこそ、どの思考や判断を自分の仕事として残すのか、意識的に選ぶ必要があるのではないか。

そんなふうに考えていました。

ただ、この考えを掘り下げていくうちに、何かが引っかかり始めました。

そもそも、なぜ僕は自分でエンジニアリングすることに、そこまでこだわっているのでしょうか。

そもそも、僕は何のためにエンジニアリングしているのか

ここで、ようやく大切なことに気づきました。

僕はずっと、エンジニアリングの面白さについて考えていました。

新しい技術を知ること。仕組みを理解すること。自分で設計し、実装すること。試行錯誤しながら、動かなかったものを動かすこと。

確かに、どれも好きです。

だから、AIがそれらを簡単に実現してしまうことに、どこか物足りなさを感じていました。

でも、考えてみれば、それらは自分の知的好奇心を満たすためのものでした。

もちろん、知的好奇心は大切ですし、エンジニアとして学び続けるための大きな原動力でもあります。

ただ、それは僕がエンジニアリングをする本来の目的ではありませんでした。

僕が本当にやりたかったのは、自分の得意なエンジニアリングを通じて、人々の生活を少しでも豊かにすることでした。

自分が作ったものによって、誰かの仕事が楽になる。

これまでできなかったことが、できるようになる。

面倒だったことが簡単になったり、新しい可能性が生まれたりする。

そんなふうに、少しでも世の中の役に立ちたい。

そのために、自分が得意としているエンジニアリングを生かしたいと思っていたはずです。

なのに、いつの間にか新しい技術に触れることや、自分で仕組みを作ること自体が目的になっていたのかもしれません。

だから、AIが便利になるほど、エンジニアリングの面白さを感じにくくなっていました。

自分で試行錯誤する余地が減り、知的好奇心を満たす機会が少なくなったからです。

でも、本来の目的に立ち返って考えてみると、見え方がまったく変わってきます。

AIが進化して、より簡単に、より良いものを作れるようになるなら、それはむしろ歓迎すべきことではないでしょうか。

自分一人では実現できなかったものが作れるようになる。

これまで技術的な制約で諦めていたアイデアを形にできる。

より多くの人に、より大きな価値を届けられるかもしれない。

それこそ、自分が望んでいたことではないでしょうか。

AIによってエンジニアリングの面白さが奪われていると思っていましたが、実は、本来の目的を実現するための可能性が広がっていたのです。

このことに気づいて、少し気持ちが変わりました。

AIと自分の強みを掛け合わせる

そう考えると、これからのAIとの向き合い方も変わってきます。

AIの設計・実装能力は、もはや人間が競争できる水準を超えています。

だからこそ、その能力を最大限に活用しながら、自分の経験や知識をどう生かせるのかを考えたいです。

AIは膨大な知識をもとに、解決策を探索し、設計し、実装することができます。これまで多くの時間と労力を必要としていたことを、驚くほど短時間で実現してしまいます。

一方、人間には、それぞれが積み重ねてきた経験や知識、現実の問題に向き合う中で培ってきた視点があります。

僕自身も、これまで技術の仕組みを理解し、設計を考え、実際にものを作ってきました。

その経験を、AIと組み合わせることで生かしていきたいです。

例えば、AIが提示した解決策を見て、自分の経験から別の可能性を見いだすこともあるでしょう。既存の技術を組み合わせて、新しい使い方を考えることもあるかもしれません。

あるいは、日々の生活や仕事の中で感じた不便さをきっかけに、AIと一緒に新しいものを作ることもできます。

もちろん、こうした発想や判断も、いずれAIが担うようになるかもしれません。

だから、人間にしかできない役割を探しているわけではありません。

大切なのは、AIと人間の役割を固定することではなく、それぞれの能力や強みを生かして、何を実現するかだと思います。

自分でコードを書くことにこだわる必要はありません。でも、自分の思考や判断を手放す必要もありません。

AIに任せられることは積極的に任せる。そして、自分の経験や知識を生かせるところには、主体的に関わる。

そうやって、AIと協業しながら、これまで自分一人では作れなかったものを形にしていきたいです。

本質を理解し、そして伝えること

もうひとつ、これから大切にしたいことがあります。

それは、技術の本質を理解し、それを人に伝えることです。

これまでは、新しい技術に触れ、動かし、理解すること自体に面白さを感じていました。

でも、これからはその先を考えたいです。

なぜその技術が生まれたのか。どんな問題を解決するのか。どのような設計思想があり、どんな制約やトレードオフがあるのか。

そうした本質を理解することは、新しいものを作るための力になります。

そして、その理解を誰かに伝えることで、自分一人では実現できなかった価値が生まれるかもしれません。

自分が学んだことをきっかけに、誰かが新しいものを作る。

誰かの技術的な課題が解決する。

あるいは、別の人がさらにその知識を発展させていく。

それもまた、世の中を少しずつ豊かにすることにつながると思います。

だから、これからは単に新しい技術を紹介するのではなく、その背景にある設計思想や、そこから得られる学びを伝えていきたいです。

技術を理解することも、エンジニアリングすることも、学んだことを伝えることも、すべてが誰かの役に立つことにつながっています。

そう考えると、これから何を学び、何を作り、何を発信すべきかも、少しずつ見えてくる気がします。

AIが進化しても、僕はエンジニアリングを続けたい

振り返ってみると、最近感じていた物足りなさは、決して嘘ではありませんでした。

今でも、新しいAIプロダクトを触っているだけでは、以前ほど面白いと感じません。

きっと、これからもそう感じることはあると思います。

でも、少し視点を変えるだけで、AIの進化に対する見方はずいぶん変わりました。

新しい技術を追いかけることよりも、それを使って何を実現するか。

自分で作ることにこだわるよりも、自分の強みをどこで生かせるか。

AIに任せられることは、どんどん任せればいい。

その分、これまで手が届かなかった問題にも挑戦できます。

まだ具体的に何を作るのか、答えが出ているわけではありません。

でも、これから何を大切にしていきたいのかは、少し見えてきた気がします。

AIが進化しても、僕はエンジニアリングを続けたい。

これからは、AIと一緒に、今まで作れなかったものを作っていきたいです。

変わるのは、その実現方法なのだと思います。

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